どんなにスキルアップしても結局は
回し車をクルクル回しているネズミに過ぎない
という内容の記事です。
AIの進化速度に人間は勝てない

終わりのない追いかけっこ
- 人間が1年かけてスキルを習得
- AIは数週間で人間1年分以上の学習をする
この「追いかけっこ」を前提としたキャリア観は、精神的な燃え尽きを招く構造になっています。
AIスキルが一般化→「次に必要なスキルはこれだ!」というループ
誰もがAIを使いこなすスキルを身につければ、そのスキルの市場価値は下がり、また別のスキルを求められるという「ラットレース」に陥ります。
「自己責任論」へのすり替え
理想:スキルアップ地獄からの解放
現実:スキルアップの自己責任論
「仕事がなくなるのは、あなたがスキルアップしなかったからだ」という言説は、構造的な問題を個人の責任に転嫁する側面があります。
本来、技術革新によって生産性が上がるならば、人間が過酷な労働や終わりのない学習をしなくて済む方向に進むべきです。
しかし現状は、効率化の利益が労働時間の短縮や生活の安定ではなく、さらなる競争に投入されています。
スキルアップを「降りる」人と、その先の社会
「AIに負けないようにって、なんか違うなぁ」
市場競争に疲れてスキルアップから降りるという選択肢は、個人の生存戦略としてはありだと思います。
しかし、社会の持続性の面では問題です。
- 生産性を求めて激しく競争する
- 市場競争から脱落した人を「自己責任だ」として切り捨てる
- 努力しても報われない空気が蔓延
- 社会全体の生産性が低下
- 競争すれば豊かになると思ったら、逆に貧しくなるという矛盾
こうして分断が深まった社会は、生きやすいようには思えません。
まとめ:AIが進歩しても消耗戦が継続される

「スキルアップこそ正義」は、競争の勝者側にとって都合の良いスローガンです。
AI時代の真の豊かさは「必死に勉強し続けなければ食いっぱぐれる」という恐怖からの解放にあるはずです。
しかし現状のAIは、私たちを豊かにするのではなく市場競争を激化させています。
AIなどのテクノロジーの進歩に社会構造の進歩が追い付いていないので、私たちは消耗戦を続けることになります。
今週のお題「〇〇からの卒業」
