※本記事には児童虐待の描写が含まれます
※気分が悪くなった場合は閲覧を中止して休息をお取りください
【体験談】幼稚園児の時
警察・パトカーが嫌いな理由

家でパトカーのおもちゃで遊んでいたら、うるさいと言われてパトカーのおもちゃを投げつけられた。
おもちゃは顔面に当たり、眉間に傷ができた。一円玉より少し小さいくらいの。
その後、幼稚園に出すかどうかで揉めていたが、具体的なやり取りは覚えていない。
結局、傷を絆創膏で隠す等もされずに幼稚園に行った。
眉間の傷を隠したかった、前髪では隠し切れない傷だが

- 親
- 一緒に登園していた近所の女の子の家族
- 幼稚園の先生
周りの大人は見て見ぬふりをしていた。

眉間にできた傷
幼稚園では恥ずかしくて、虐待されているのを知られたくなくて、カーテンに隠れていた。
他の園児に「どうしたの?」と聞かれたが、当然、親にやられたとは言えないので誤魔化した。
具体的にどう言い訳したかは覚えていない。
ティッシュをくれた女の子
幼稚園で窓際のカーテンに隠れていたら、同じ組の女の子がティッシュをくれました。
キャラクターが描かれた可愛いティッシュです。
怪我をした私を気遣ったのだと思います。
当時の私は、その行為が理解できず、サッシのレールにティッシュを押し込みました。
眉間の傷は、今は見えなくなりました。
虐待しつつも親として体裁を保とうと装っていた

傷がある状態で幼稚園に出した親。
自信があったのか、支配しきれると。分かりません。
親も言い訳をしたはずですが、どう言い訳したかは覚えていません。
確かなのは、自分がやったとは言わず、隠し通したことです。
幼少期のトラウマの結びつき

「女の子がティッシュをくれた」
これに恐怖し混乱しました。
自分が惨めな存在であると強調させられるために拒絶感がありました。
- 眉間の痛み
- 隠したかった恥ずかしさや惨めさ
- 周りの大人が気づいていたはずなのに動かなかった
- 自分は何もできなかった
この混沌は幼稚園児では処理しきれず、自己嫌悪の方向に向かいました。
虐待は「しつけ」として容認され、子供の人権は軽視されていた
今だったら児童相談所の案件ですが、当時は児童虐待防止法もありませんでした。
子供は親の所有物という価値観や、「民事不介入」も、現代よりも強かった時代です。
このような背景によって、人間不信や警察不信が生まれます。
世間体を気にして虐待されているのを隠す幼稚園児

親が怖い
世間も怖い
暴力を受けたくないのは生存本能ですが、虐待されているのを知られたくないのも生存本能です。
「本当のことを言ったら親に報復される」という生存本能
であり、
世間にバレないように加害者(親)に加担して「家族」という自分の居場所を守ろうとする生存本能
です。
「壊れている家族を知られたくない」という気持ちで、矛盾だらけの「世間体」を幼稚園児なりに気にしていました。
今日を生き延びるため、間違わないように生存ルートを選択し続ける日々・・・
地獄でしたが、そこしかありませんでした。




































